2021年01月28日
内外政治経済
研究員
髙田 遼太
中国系6割、欧米系2割、その他アジア系2割。今から20年ほど前、筆者の通っていたカナダ・バンクーバー現地小学校の人種構成だ。小学2年生(7歳)の時、父の転勤で初の海外生活。もちろん英語も話せず、不安で不安でしかたなかった。
カナダ・バンクーバー現地小学校の先生と仲間、最前列右端が筆者
(提供)髙田理彦
ところが...。言葉もうまく通じない筆者を、クラス全員が温かく迎え入れてくれた。日本で横行していた「いじめ」も、全く無縁の世界だった。当時、「多様性」という言葉を知らなかったが、ハンディキャップのある子どもも皆と一緒に勉強したり、遊んだり...。今振り返ると、多様性を尊重する環境で過ごしていたのだなと思う。
カナダと国境を接する米国も世界中から移民を受け入れ、多様性の本家を自他ともに認めてきた。しかし、人種や所得、政治信条などの違いにより、「分断国家」といわれるほど変質してしまう。2020年は人種差別に対する抗議運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM=黒人の命は大切)」が、大統領選にも大きな影響を及ぼした。
結果、バイデン前副大統領が非白人系などから支持を集め、トランプ大統領を撃破。1月20日、第46代米大統領に就任した。「米国第一」を掲げ、移民に厳しい政策をとり続けてきたトランプ氏に対し、リベラル色の強いバイデン氏がどのような姿勢を打ち出すのか。隣国カナダにとっても他人事ではない。
そのカナダは長年にわたり移民を積極的に受け入れてきた。なぜなら国土はロシアに次いで世界2位を誇る一方で、人口は3789万人(2020年1月)と日本の3割に過ぎないからだ。カナダのトルドー首相は寛容な移民政策について「多様性は克服すべき課題でも、許容される困難でもない。強さの源だ」と言い切る。
(注)ドル=米ドル
(出所)外務省、国際通貨基金(IMF)
カナダを日本と比較すると、合計特殊出生率(1人の女性が出産可能年齢=15~49歳=に産む子どもの数)は両国間に差はほとんどない。しかし、カナダは年間34万人(2019年実績)もの移民を受け入れており、総人口は右肩上がりなのだ。
カナダの人口と出生率
(出所)国連
日本の人口と出生率
(出所)国連
しかもその勢いには弾みが付いており、カナダの産官学が結集する国の公認慈善団体「Century Initiative」は、2100年に総人口1億人を目指すよう提唱する。先進国全般で人口減少が加速する中、向こう80年間で2.6倍に増やすという野心的な目標だ。それを踏まえてカナダ政府も2020年10月、移民受入計画(Immigration Levels Plan、2021~2023年)を上方修正し、毎年35万人程度としていた受け入れ数を40万人規模に引き上げる方針を表明した。
カナダの移民政策の特徴の一つが、STEM分野を重視した労働者や留学生の受け入れだ。それは、Science(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)、Mathematics(数学)の頭文字を取ったものだ。それにより、米グーグルをはじめ海外有力企業がトロントやモントリオールといった主要都市に研究開発拠点を設け、中でも人工知能(AI)では世界の中心地になりつつある。
それ以外の分野でも例えば、新型コロナウイルスのワクチン開発で成功を収めた米バイオ医薬品モデルナのNoubar Afeyan会長兼共同創業者も、元をたどればレバノンからカナダへの移民だ。
その一方で、コロナ禍がカナダの移民政策にも影を落とす。カナダ政府は国境閉鎖を余儀なくされ、移民申請の承認件数がコロナ禍前の約4分の1にまで減ったのだ。このため、野党議員は「承認待ちの申請がたまり、その処理に何年もかかると思われる。新しい移民受入計画の数字は妄想的だ」と指摘し、40万人規模に上方修正したトルドー政権を批判する(カナダ有力紙グローブ・アンド・メイル)。
このように順調に移民を受け入れてきたカナダでさえ、その政策は曲がり角を迎える可能性がある。だからといって、日本にとって参考にならない国ではない。日本は世界の中でいち早く人口減少に転じ、課題先進国といわれる。今後は多くの国も人口減少に転じると予測され、既に国境を越えて移民労働力の争奪戦が勃発している。この先、日本が持続的に成長していくには国外の労働力は必須であり、カナダのように移民から選ばれるような国の魅力を備えるべきではないか。
これに対し、「移民受け入れを拡大すると、規律正しさや一体感といった日本の良さが失われてしまう」といった懸念は根強い。しかし、日本の良さと多様性の尊重が決してトレードオフの関係だとは筆者は思わない。逆に両者の相乗効果で生まれる活力や発想こそが、ポストコロナ時代の日本を救うのではないか。幼少期に体験した多様性の大切さを思い返すと、それは不可能ではないように思う。
髙田 遼太